大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和61年(行ウ)14号 判決 1993年5月18日

福岡県大牟田市大字鷹木三〇一番地

原告

酒見明善

右訴訟代理人弁護士

永尾廣久

中野和信

村井正昭

福岡県大牟田市不知火町一丁目三番地一六

被告

大牟田税務署長 楠本誠一

右指定代理人

菊川秀子

白濱孝英

樋口貞文

内藤幸義

荒津恵次

福田寛之

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和五八年二月二八日付けで原告の昭和五四年分、同五五年分及び同五六年分の各所得税についてした各更正処分並びに重加算税の各賦課決定処分(それぞれ審査裁決による一部取消し後のもの)をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、石油製品の卸・小売業を営むいわゆる白色申告者〔昭和五七年五月一日に、酒見石油株式会社(以下「酒見石油」という。)及び酒見燃料株式会社(以下「酒見燃料」という。)として法人化した。〕であって、昭和五四年分、同五五年分及び同五六年分(以下「係争各年分」という。)の所得税の確定申告書をそれぞれ法定申告期限内に提出した。

2  原告は、係争各年分の確定申告書のうち昭和五四年分について、同五五年四月二二日、寄附金控除漏れを理由とする更正の請求をしたので、被告はその理由を認めて、同年五月三一日で減額更正処分をした。

この結果、本件原処分直前の原告への課税状況は別表一のとおりであった。

3  被告は、その調査したところに基づき、昭和五八年二月二八日付けで昭和五四年分については再更正処分を同五五年分及び五六年分については更正処分をした上、係争各年分につき重加算税の賦課決定処分をした。

その結果、右処分後の課税状況は、別表二のとおりとなった。

4  原告は、右各処分について昭和五八年四月一三日付けで異議申立てをしたが、それが棄却されたため、更に同年八月一一日付けで審査請求をしたところ、国税不服審判所長は同六一年四月二日付けで右各処分の一部を取り消した。

その結果、本訴直前の課税状況は別表三のとおりとなった。なお、同表記載の各金額のうち、係争各年分の不動産所得、配当所得、給与所得、雑所得の各金額については、当時者間に争いがない。

二  争点

本件における争点は、原処分(審査裁決により一部取消し後のもの。以下同じ。)にかかる総所得金額のうち事業所得の金額の算定について、推計による事業所得金額の算定が必要であったかどうか、及びその推計の方法に合理性があったかどうかという点であり、並びに重加算税の賦課決定処分が適法かどうかという点であり各争点についての原・被告の主張は、以下のとおりである

1  推計課税の必要性について

(一) 原告の主張

推計課税は、適法な税務調査に対して当該納税者が非協力的であるなどにより実額課税ができないというやむをえない理由がある場合に限って、例外的に許容されるものである。

福岡国税局担当係官は、昭和五六年四月九日、何の予告もなく原告事業所に税務調査に訪れた。原告は福岡に出かける用事があったため、右係官に調査の延期を申し入れたが、調査の拒否はしていない。原告は、その後の税務調査には協力を惜しんでおらず、帳簿類の提出の拒否、隠匿等はしていない。したがって、被告は右調査に基づき原告に対して実額課税をすることが可能であったのであり、本件推計課税にはその必要性はない。

(二) 被告の主張

右係官は、調査初日の昭和五六年四月九日、原告事業所二階の事務室にて原告と面接した際、同室にあったガラス戸書架内及び原告の使用人である杉野事務員の机上に係争各年分の売掛帳、買掛帳、売上帳、手形受払帳、支払手形綴り、会計伝票綴り及び領収書綴り等の存在を確認した。そこで、原告に対し右帳簿書類の提示と申告内容の説明方を求めたところ、原告は「今年の帳簿はあるが、過去の分は一切ない。」「書類を残すとボロがでるので処分することにしている。」等と主張し、右帳簿書類の提示を拒否した上、調査途中で多忙を理由に外出するなどして同日の調査を不能ならしめた。

結局、後日の臨場調査における求めに応じて原告が提出したのは、昭和五六年一月から三月までの三か月分の売上帳、経費帳及び同五三年ないし五五年の各年分の給与台帳のみで、原告は調査初日に被告が確認したガラス戸書架内の帳簿は表紙だけであった旨及び同五五年四月以降の帳簿は同年分の確定申告提出後に廃棄した旨述べて、提示を拒否した。

右のように、原告は、被告に対して確定申告の基になった帳簿書類の一部しか提示せず、また調査に対して誠実な説明対応もせず、真擘に自己の納税義務の範囲を明らかにしなかった。したがって、課税上の不公平を生じさせないために設けられている所得税法一五六条の趣旨に鑑みれば、被告が、他の資料を求め、これを基礎にして推計により課税したのはやむをえないというべく、被告のした推計課税には十分にその必要性があった。

2  推計課税の合理性について

(一) 原告の主張

被告が本件推計課税において採用した同業者比率法は、納税者の事業活動とは直接には何のかかわりを持たない他人である同業者の事業活動を推計資料とするものであるから、事業内容と実績において当該納税者と同一であると判断されるに足りる同業者、すなわち、業種、業態、事業規模、立地条件、顧客層等の個別的同一性を有する同業者を推計資料として選定すべきであり、この比準同業者の数も一定数以上が確保されることが必要である。

ところが、本件推計課税で比準同業者とてしは選定された法人四社と原告との個別的同一性は明らかでなく、その選定数も不足している。

したがって、本件推計課税には合理性がない。

(二) 被告の主張

被告が本訴にあたって用いた具体的推計方法は以下のとおりであって合理性があり、その結果算出された原告の納付すべき税額及び重加算税の額は原処分の認定額を超えるのであるから、原処分は適法である。

(1) 売上金額について

原告が売上を算出しうる帳簿を提示しなかったため、被告は、帳簿に基づく売上げを把握できなかった。

そこで、原告の仕入先を調査した資料に基づき、係争各年分の仕入金額を把握し、棚卸しについては実額の把握が不可能であったことから、係争各年分とも年初・年末を同額と推定して係争各年分の仕入金額を係争各年分の売上原価とし、この売上原価の額に次に述べる売上差益率(売上金額に対する売上金額から売上原価の額を控除した金額の割合」を適用して売上金額を算定した。

すなわち、原告の個人事業は、昭和五七年五月一日に酒見石油及び酒見燃料に継承されており、個人と法人の差こそあるものの、業態と事業規模は極めて類似性が高いことから、被告は、当該二法人の第二期の損益計算書から売買差益率八・二パーセントを求め、この率を基礎にして、これに昭和四八年のいわゆるオイルショック以降の石油製品の価格の変動を加味させるために、原告と同一地域にあって事業規模の類似する四社を選定し、この四社の差益率(四社の各事業年度の売上差益率を各事業年度の月数で除し、さらに原告の各年分に対応する四社の各事業年度の月数を乗じて計算した売買差益率の平均値)の変動率(昭和五八年分の四社の売買差益率に対する各年分の四社の売買差益率の割合)によって原告の係争各年分の差益率を推計し、これを売上原価に適用して売上金額を算定した。

(2) 算出所得金額について

原告は被告に対して、算出所得金額(売上金額から特別経費の額(雇人費の額、支払利息・割引料の額、地代家賃の額及び貸倒損失の額の合計額)以外の必要経費の額を控除した金額をいう。)について、これを算出しうる帳簿書類を提示しなかったため、被告においては、(1)と同じ理由により、酒見石油及び酒見燃料の第二期の算出所得率(売上金額に対する算出所得金額の割合)を求め、これに前記同業四法人の変動率(売買差益率の場合と意味は同じ。)による修正を加えて原告の係争各年分の算出所得率を算出した上で、これを(1)で算定した係争各年分の売上金額に乗じて原告の係争各年分の算出所得金額を算定した。

(3) 特別経費の額について

イ 雇人費の額

原告の係争各年分の賃金台帳に基づいて算定した。

ロ 支払利息・割引料の額

原告の取引金融期間の調査資料に基づいて算定した。

ハ 地代家賃の額

原告が、その事業所のひとつである船津給油所の敷地の借地料として係争各年に所有者の三池ドライブクラブ有限会社に支払った金額である。

ニ 原告には、係争各年分の必要経費となる貸倒損失はない。

(4) 事業所得の金額について

(1)ないし(3)で述べたことを整理すると、別表四のとおりとなり、この結果、原告の係争各年分の総所得金額は別表五のとおり各年分とも原処分に係る総所得金額(別表三に掲げた「審査裁決後の金額」)を上回ることとなる。

(三) 被告の主張に対する原告の反論

(1) 売上金額について

原告は、法人化する前は、酒見燃料店石油部の本支店の取引をいずれも売上として記帳していた。すなわち、本店は石油類の商品を支店に卸す場合には、一般の取引先と同じく扱って売上に計上し、支店は消費者に売り渡したときに売上げに計上するというように、同一商品の社内で二度売上げに計上するので、売上総額は帳簿上肥大化していくよになっており、極端な場合には、同一商品について、社内で三回も四回も売上に計上されていることがあった。

(2) 支払利息・割引料について

原告が昭和五三年五月一五日に肥後銀行大牟田支店から借り受けた四〇〇〇万円は、借入名目こそは居宅新築工事となっていたものの、その実質は原告の営む酒見燃料店の運転資金として経常費の支払に充てられていたのであるから、その支払利息ついては原告の経費として認めるべきである。

(3) 地代家賃について

原告は、大牟田市臼井町にLP充填工場を保有しているが、そこは開木武利という地主からの借地であり、原告はその地代として月一五〇万円程度をガソリン販売代金と相殺するという方法で支払っていた。

(4) 貸倒損失について

別表七記載の原告の各債権は、いずれも貸倒損失とされるきである。

(四) 被告の再反論

(1) 支払利息・割引料について

原告の肥後銀行からの四〇〇〇万円の借入金は、居宅新築工事を請け負った蓮尾工務店に対する代金の決裁状況及び当時の原告の事業資金の運用状況からすると、右借入金の一部が一時的に事業資金に流用されたとしても、実質的にやはり居宅建築代金の支払のための借入である。

(2) 地代家賃について

原告の開木武利に対する地代の支払については、本訴に至って初めて主張されたもので、その合理的な説明はなく、また、それを裏付ける証拠もない。

(3) 貸倒損失について

所得税法五一条二項によれば、貸倒損失を必要経費に算入するための要件は<1>事業所得を生ずべき事業の遂行上生じた売掛金、貸付金であること、<2>貸倒れ等により生じた損失であること、<3>必要経費への算入は、その損失の生じた日の属する年分に限られること、の三つであるところ、原告主張の各債権は、右要件に照らして、いずれも貸倒損失とは認められない。

3  重加算税の賦課決定処分の適法性について

(一) 原告の主張

原告は被告の税務調査には協力しており、また、原告が確定申告後に廃棄した帳簿類も、原告に記帳義務、保存義務のないものであって、右廃棄は故意の隠ぺい仮装行為にあたらないから、原告に対する重加算税の賦課設定処分は違法である。

(二) 被告の主張

原告の税務調査への不協力、帳簿類の故意の廃棄行為は1(二)記載のとおりあるから、原告に対する重加算税の賦課決定処分は適法である。

第三争点に対する判断

一  推計課税の必要性について

1  乙八の1ないし4、証人金嶽隆義、同隠塚正健、同宮尾都茂子の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められ、これに反する宮尾都茂子の証言部分及び原告本人の供述部分は採用しない。

福岡国税局の調査担当職員二名は、昭和五六年四月九日に午前九時三〇分ころ、事前通知をせずに、原告の事業所得である酒見燃料三池給油所に税務調査に訪れた。原告は不在であったが、担当職員は、右事業所事務所内のガラス戸棚に帳簿類がぎっしり詰まっており、杉野事務員の机上にも帳簿類が並んでいること、その背表紙の記載からそれらが係争各年分の売掛帳、買掛帳、売上帳、手形受払帳、支払手形綴り、会計伝票綴り、領収書綴り等であることを認め、杉野事務員に対し右帳簿の提示を求めたが、原告の許可が必要ということで拒否された。間もなく、連絡を受けた原告が自宅から右事務所にやって来たので、担当職員は原告に対し事業内容の説明及び右帳簿類の提示を求めたが、原告は、過年度分の帳簿類はない、今日は忙しいから後日にしてくれなどと言って求めに応じず、福岡に用事があるとして、事務員に帳簿類の提示等を指示することもなく出掛けてしまった。それと前後して、被告の自宅に税務調査に向かっていた二名の担当職員も合流したが、原告が戻らないため、事務所内、右ガラス戸棚及び杉野事務員の机上の各見取図を作成したのみで、午前一〇時三〇分ころ当日の調査を断念した。

翌日午前一〇時ころ、担当職員二名が再び右事務所を訪れたことろ、右ガラス戸棚内の帳簿類は表紙だけで中身が無くなっていたので、原告に対し説明を求めたが、原告は、過年度分の帳簿類は昨日も無かった、申告が終わった分は破棄したとし、結局、提示に応じたのは、昭和五六年一月から三月までの三か月分の売上帳、経費帳及び同五三年ないし五五年の各年分の給与台帳のみであった。

担当職員は、原告が提示に応じた帳簿類について、貸し出しもしくはコピーをさせてくれることを要望したが容れられなかったため、約一週間にわたって右事業所に通って筆写した。

さらに、原告は、昭和五六年四月分以降の帳簿類を同年分の確定申告以前に廃棄した。

2  右認定のとおりであり、原告は、税務調査の初日に帳簿類の提示を拒否したのみならず、事務所にあった係争各年分の帳簿類を廃棄して実額調査を不能ならしめたと解するほかはないのであって、本件推計課税にその必要性があったことは明らかである。

二  推計課税の合理性について

1  売上金額及び算出所得金額の算定について

(一) 算定の具体的経過の認定

甲一、乙一ないし四、五号証の1ないし3、証人金嶽隆義、同鵜池勝茂の各証言及び弁論の全趣旨によれば、被告の右各金額の算定の具体的経過は、以下のとおり認められる。

(1) 原告が提示に応じた前記帳簿類を基に、被告が原告の仕入先の反面調査を実施した結果、原告の仕入金額は、昭和五四年分が一三億八八五八万〇五一四円、同五五年分が一八億一〇三八万三一五五円、同五六年分が二〇億八七五〇万六四九五円であることが判明した。(右仕入金額は当事者間に争いがない。)ので、係争各年分の年初・年末の棚卸しの額を同額と推定して、右仕入金額をもって売上原価と認定した。

被告は、事業所得の金額の算定に当たり適用すべき売買差益率については、原告が審査請求において主張したとおり、原告の個人営業を継承した酒見石油と酒見燃料の法人二社の数値を用いるのが合理的と考えたが、両者の第一期の事業年度はいずれも一年未満であったため、第二期(酒見石油は昭和五七年一〇月一日から同五八年九月三〇日まで。酒見燃料は同五八年一月一日から同年一二月三一日まで)の事業年度の損益計算書の金額に基づき算定したところ八・二パーセントであった。

(2) ところで、石油製品の卸・小売業においては、昭和四八年の石油ショック以降製品価額の変動が非常に激しく、右数値をそのまま適用するのは相当でないので、原告と同一地域に所在し、事業規模が類似している同業種の青色申告書を提出している業者を選定して変動率を算定し、右数値に修正を加えることとした。そこで、<1>石油製品卸・小売業を営んでいること、<2>福岡国税局管内に事業所を有すること、<3>青色申告書を提出しいること、<4>昭和五六年分の仕入金額が一〇億円以上四〇億円以下であること、<5>昭和五四年一月から同五八年一二月までの五年間を通じて<1>の事業を継続して営んでいること、<6>不服申立て中又は訴訟継続中でないこと、という基準で被告において被告税務署管内を調査したところ、法人税については四社(以下「同業法人」という。)が該当し、個人については当該社はなかった。そし、同業報じにつき、昭和五八年を一〇〇とした係争各年分の変動率を算定したところ、昭和五四年分が一二〇・三パーセント、同五五年分が一〇六・五パーセント、同五六年分が九七・三パーセントであり、この変動率を用いて修正した原告の係争各年分の売買差益率は、昭和五四年分が九・八パーセント、同五五年分が八・七パーセント、同五六年分が七・九パーセントであった。この売買差益率を用いて、原告の係争各年分の売上金額を算定すると、昭和五四年分が一五億三九四四万円六二四六円、同五五年分が一九億八二八九万五〇二一円、同五六年分が二二億六六五六万五一四一円となった。

(3) 被告は、(2)と同じ理由で、同様の方法により、酒見石油及び酒見燃料の法人二社の第二期の事業年度の算出所得率五・一パーセントを算定し、これに同業法人の変動率を乗じて係争各年分の算出所得率を算定すると、昭和五四年分が六・三パーセント、同五五年分が五・六パーセント、同五六年分が四・九パーセントとなり、右売上金額に右算定所定所得率を乗じて得た算出所得額は、昭和五四年分が九六九八万五一一三円、同五五年分が一億一一〇四万二一二一円、同五六年分が一億一一〇六万一六九一円であった。

(二) 合理性についての判断

(1) 右認定のとおり、被告は、原告提示に応じた三か月分の帳簿類から原告の取引先を具体的に把握し、その反面調査により原告の仕入金額を把握して売上原価を算定し、それに、原告の個人営業を継承した法人二社の売買差益率及び算定所得率を原告と同一地域にあって事業規模の類似する同業法人の各変動率により修正した数値により係争各年分の原告の売上金額及び算出所得金額を算定したものであって、被告の右推計には十分な合理性が認められる。

(2) 原告は、原告が法人化する以前は売上金額が帳簿上肥大化していたとして被告の売上金額の算定を批判するが、被告はそもそも原告の係争各年分の帳簿類の提示を受けていないのであるから、原告の主張はもとより理由がない。

(3) また、原告は、被告の選定した同業法人と原告との個別的同一性が明らかでなく、選定数も不足しているとする。

しかし、推計課税が行われるのは、納税義務者が収支を明らかにする帳簿書類を備えつけていない場合、帳簿書類の記載が不正確である場合、又は税務調査に対する納税義務者の協力が得られない場合などであるから、このような場合において、課税庁が、当該納税義務者の個々的な具体的営業条件を詳細に調査し、これと条件の同一の同業者を相当数抽出して各種比準を算出し、これを基に金額を推計しなければならないとすると、結局、同業者率による推計は事実上不可能となり、他に適当な推計方法も存しない場合には課税そのものが不可能となって、正確な帳簿書類を備え、調査に協力する納税義務者との公平を失する結果となる。

したがって、実額課税ができない場合に、同業者の平均値によって、算出した同業者率に基づいて当該納税者の所得金額を推計する場合、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は右平均値の中に解消されるものと解し、業種の同一性、営業規模の類似性、同業者率算出過程の整合性等の推計の基礎的要件に欠けところがない以上、営業条件の差異が同業者率による推計を根本的に不当とするような事情が明らかに認められる場合でない限り、同業者率に基づく所得金額の推計には合理性があるというべきである。

そして、前記認定の本件同業法人の選定経過に鑑みれば同業法人四社には右基礎的要件は備わっていると認められ、かつ、本件全証拠によるも、同業法人と原告との間の営業条件の差異が本件推計課税を根本的に不当とするような事情も認められない。

2  特別経費の算定について

(一) 雇人費の額

原告の雇人費の額については、昭和五四年分が六一二九万一四八円、同五五年分が五八〇〇万五一九〇円、同五六年分が六〇四三万七六七七円であることについて当事者間に争いがない。

(二) 支払利息・割引料の額

(1) 原告が昭和五三年五月一五日に肥後銀行大牟田支店から家屋新築資金名目で借り受けた四〇〇〇万円は、貸付利息三九万九一七八円を差し引いた残額三九六〇万〇八二二円が、同日、同支店原告名義の当座預金口座に入金されており、その係争各年分の支払利息は、昭和五四年分が二五一万九〇九一円、同五五年分は二六八万六三七六円、同五六年分が二二九万八四四八円であった(乙六の1、2)。

また、右工事を請け負った蓮尾工務店に対する、原告の居宅建築代金四二六四万五〇〇〇円の支払状況は別表六のとおりであり、これによれば、右借入日以前に、既に工事代金のうち二五一六万八〇〇〇円が支払われており、右借入日以降、肥後銀行大牟田支店の原告名義の当座預金口座から右工務店には一七四七万七〇〇〇円が支払われていることが認められる甲一、乙六の3、七)。

したがって、右借入金のうち一七四七万七〇〇〇円が右工事代金に直接費消されたのは明らかであり、右金額部分に対する支払い利息が必要経費と認めらなきことも明らかである。

そこで、借入金の残額二二五二万三〇〇〇円に対する支払利息が必要経費と認められるかどうかにつき検討する。

思うに、右借入金の名目は家屋新築資金である上、原告の居宅新築代金の額と右借入金の額がほぼ同じであること、右借入金のうち一七〇〇万円余は直接工事代金に費消されていること、原告の右工事代金のうち二〇〇〇万円の昭和五三年二月四日に手形で支払っているが、この手形金は同年五月一日に肥後銀行大牟田支店の原告名義の当座預金口座から支払われており、右借入れはこのわずか二週間後に行われていること、原告本人尋問の結果によれば、当時原告は銀行からの事業資金の借入れと返済を繰り返していたと認められること等を総合すると、右借入金の一部が一時的に事業資金に流用されていたとしても、やはり、右借入金はその金額が実質的にも家屋新築資金に使用されたといわざるをえない。

ところで、事業所得の計算上控除されるべき必要経費とは、所得税法三七条一項では、「事業所得の総収入金額を得るために直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額」と規定しており、ある支出が右必要経費として特定事業の総収入金額から控除されているためには、客観的にみてそれが当該事業の業務と直接関係をもち、かつ、業務遂行上通常必要な支出であることを要するところ、前記借入金の性質からすると、右借入金に対する支払利息も必要経費とはいえず、結局、前記二二五二万三〇〇〇円に対する支払利息も必要経費とは認められない。

(2) 右認定、甲一及び弁論の全趣旨によれば、原告の支払利息・割引料の額は、昭和五四年分が五六三万一六一六円、同五五年分が七七三万六一四〇円、同五六年分が五一三万二八一四円であると認められる。

(三) 地代家賃について

(1) 原告の開木武利に対する地代の支払いにつき、原告は、本人尋問において、月百五、六十万円の地代をガス、ガソリンの販売代金と相殺していたが領収証はもらっていない、先方が税務上の手続をしていないので迷惑をかけるから主張しなかったなどと供述する。しかし、右地代の額はかなり高額であるのにもかかわらず、審査請求においても右主張がされていない(甲一)ことからすると、右供述は措信し難い。そして、右主張に副う地代が記載されていた借地契約を裏付ける書証等も一切提出されていないのであるから、原告の主張を認めることはできない。

(2) 右認定、甲一及び弁論の全趣旨によれば、原告の地代家賃の額は、昭和五四年分が二五三万円、同五五年分が二六七万円、同五六年分が二七六万円四五〇〇円であると認められる。

(四) 貸倒損失について

(1) 所得税法五一条二項は、事業所得を生ずべき事業について、その事業の遂行上生じた売掛金債権等の貸倒れにより生じた損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入する旨を規定している。そして、右規定により事業上の債権の貸倒損失が認められるには、債務者が破産しあるいは私的整理に委ねられた場合等のほか、債務者の債務超過の状態が相当期間継続し、その債権の弁済を受けることができないと認められる場合において、債権者が債権放棄、債務免除等その債権を整理する意向を表明したとき、又は債務者の事業閉鎖、所在不明その他これに準ずべき事情が生じ、その債務者の資産状況、支払能力からみて債権全額の回収見込みがないことが確実になったときであることを要すると解すのが相当である(右のような状態を、以下「回収不能状態」という。)。また、債権の貸倒れの恣意的な計上を許すことは相当でないから、ある年分の資産損失となる貸倒れといい得るためには、当該年中に当該債権につき右に述べたような回収不能状態が初めて生じたものであることを要するというべきである。

(2) 以下、右に述べたことを前提に原告主張の貸倒れ損失が認められるかとうかを個別に検討する。

<1> 冨士タクシー及び中央タクシー分

甲一及び原告本人尋問の結果によれば、原告主張の冨士タクシー及び中央タクシーに対する債権については、原告は被告に対し、昭和五一年に石油ガス税法一五条三項の規定により、石油ガス税販売代金領収不能に関する承認申請書を提出し、年内に承認を受けていることが認められる。したがって、右各債権の回収不能状態が生じたのは昭和五一年と認められるのであって、係争各年分の貸倒損失と認めることはできない。

<2> 三池タクシー分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は三池タクシーに対して昭和五八年に右債権放棄の通知をしたが、その後も昭和六〇年ころまで取引を継続していたことが認められる。したがって、右債権については係争各年において回収不可能状態が生じたとは認められず、係争各年における貸倒損失の発生は認められない。

<3> 協同食品分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告を代表者とする西日本機材(冷熱機器の製造販売会社)はしめじ製造業者と取引があったが、右業者が経営不振に陥ったため、原告がそれを引き取るかたちで、昭和五五年に原告を代表者にして協同食品株式会社が設立されたこと、原告個人と同社とは取引関係はなかったこと、原告主張の同社に対する債権は、原告と同社との右のような関係から融資された貸付金であることが認められる。したがって、右貸付金は原告個人の事業とは無関係であって、事業の遂行上生じた債権とはいえないので、右債権について貸倒損失として必要経費に算入することはできない。

<4> 蒲地食品共同組合分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、同組合に対する原告主張の債権はドラム缶代金の未回収分であること、同組合は現在も事業を継続していること、右債権が未回収なのは同組合が右債権の存在を認めていないからであることが認められる。したがって、右債権の存在自体が不明であり、仮に存在しているとしても、同組合は事業継続中であり、右債権も比較的少額であることから、回収は可能であると考えられる。したがって、右債権について貸倒損失が発生したとは認められない。

<5> 村上昭一分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、村上に対する原告主張の債権はプロパンの卸売代金であるが、村上は現在も事業を継続していることが認められ、右債権の額も比較的少額であることを考えると、右債権について貸倒れ損失が発生したとは認められない。

<6> 古賀洋助分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、古賀に対する原告主張の債権は主に灯油の販売代金であるが、古賀は現在も事業を継続中であり原告との取引関係も続いていること、古賀は右債権について原告に対して不動産を担保に供していることが認められる。したがって、右債権は回収不能とはいえず、右債権について貸倒損失が発生したとは認められない。

<7> 田中義久分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、田中に対する原告主張の債権は売掛金の遅延利息であり、原告は田中に対し、昭和五八年に債権放棄の通知をしているが、田中は現在も事業を継続中であることが認められ、右債権の額が少額であることを考えると、右債権について貸倒損失は発生したとは認められない。

<8> 深堀泰造分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、深堀に対する原告主張の債権は貸付金であるが、これは深堀が前記西日本機材の得意先会社の代表者であったことから貸し付けらたものであると認められ、原告個人の事業とは無関係なのであるから、事業の遂行上生じた債権とはいえず、右債権について貸倒損失として必要経費に算入することはできない。

<9> 栗原寛、第一ソシアル、龍塗装工業、石原一人、木下慶宣、森圀光、安井達也分

甲一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告主張の右債権について債権放棄の通知が発せられたのは昭和五八年であると認められるから、右各債権が原告の事業の遂行上発生したもので、回収不能状態であったとしても、昭和五八年の貸倒損失とされるべきものであるから、係争各年分の貸倒損失とは認められない。

(3) 以上のとおり、原告主張の貸倒損失はいずれも認められない。

(五) まとめ

(一)ないし(四)で認定の各金額を合計すれば、原告の特別経費の額は、昭和五四年分が六九五万三七六四円、同五五年分が六八四一万一三三〇円、同五六年分が七一九六万四九九一円であると認められる。

3  事業所得金額の算定について

1及び2で認定した金額をもとに原告の事業所得の金額を算定すると、昭和五四年分が二七五三万一三四九円、同五五年分が四二六三万〇七九一円、同五六年分が三九〇九万六七〇〇円となる。

三  重加算税の賦課決定処分の適法性について

原告が、被告の税務調査の初日に帳簿類の提示を拒否したのみならず、被告の税務調査の意図を察するや、その翌日までに、事務所にあった係争各年分の帳簿類を廃棄し、結局提示に応じたのは昭和五六年一月から三月までの三か月分の売上帳、経費帳及び同五三年ないし五五年の各年分の給与台帳のみであったことは一の1認定のとおりであり、また、金獄証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、同五六年四月以降の帳簿類の提示を被告から求められていたにもかかわらず、同年分の確定申告前の同五七年一月一〇日頃に処分して、被告は提示しなかったことが認められる。

右認定によれば、原告が、係争各年分の税額計算の基礎となるべき事実を故意に隠ぺいしたものと認められ、被告の重加算税の賦課決定は違法である。

四  原告の納付すべき税額及び重加算税の額

以上のとおり、係争各年分の原告の事業所得の金額は、被告主張のとおり認められ、不動産所得に額が、配当所得の額、給与所得の額及び雑所得の額については当社間に争いがないのであるから、原告の総所得金額は、昭和五四年分が四二九一万二九二七円、同五五年分が五七一三万九三八九円、同五六年分が五二二二万二〇〇八円となる。そして、この各金額は、審査裁決における認定額とは異なるものの(別表三参照)、いずれもその金額を超えており、原告の納付すべき税額及び重加算税の額も審査裁決における認定定格を超えることとなるのであるから、原処分はいずれも適法である。

五  結論

したがって、原告の請求はいずれも理由がないからこれら棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 横山秀憲 裁判官家令和典は転任につき署名捺印ができない。裁判長裁判官 牧弘二)

別表一

(原処分直前の課税状況)

<省略>

別表二

(原処分後の課税状況)

<省略>

別表三

(審査決裁後の課税状況)

<省略>

別表四

(推計に基づく事業所得の金額)

<省略>

別表五

(本訴における主張額)

<省略>

別表六

(居宅新築工事代金の決済状況)

<省略>

別紙七

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例